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ふたなり好きと男の娘好きではどちらがホモに近いか

 はじめまして。今回書いていこうと思うのがふたなり好きか男の娘好きではどちらがホモに近いかという、非常にデリケートな話題を取り上げたいと思います。下手な文をうてば一部の狂人マニアックから殺害されそうなテーマですが、匿名性をいかんなく活用しズバズバ論じ上げていきます。結論から言うとふたなり好きのほうがホモです。

 

「え!?ふたなりって女の子でしょ!」って思う方もいると思います。「ホモじゃないじゃん!」とか「俺ホモじゃねーし!」とか。ご安心ください、ホモに近いってだけです。

そもそもふたなり好きって、なぜ普通の女の子じゃ物足りないんでしょう?答えは明白、チンポが好きなんです。ふたなり好きは女の子のチンポをしゃぶりたいとすら思っています。

女の子にチンポがついてる、その異様さと背徳感、自分と同じ物で快楽を得る女の子の姿に悶え慈しむのがだいたいのふたなり好きの総意だと思います。ちょっと具体例としてフタレターを挙げておきましょう。

 

この記事にアクセスするマニアックに対しフタレターの詳細を申し上げるのは釈迦に説法も甚だしいかと思いますが、迷い込んでしまった子羊をこの邪教へ導くためにお付き合い願います。

まずフタレターを簡単に説明すると、ふたなりで巨根な女の子が農家のおじさんのたくましい腕でチンチンを扱かれあられもない嬌声をあげ快楽に墜ちていきます。めっちゃ喘ぎます。みさくら語で。

先ほど述べたように、ふたなり好きは女の子が自分と同じモノでアンアン喘いでる姿に興奮するんですね、変態です。女の子が悶える姿がみたい、それもチンポで悶えてほしい、というのが一般的なふたなり好きです。その裏付けとして、ふたなり作品に出てくるふたなりは殆どが巨根です。これが僕がふたなり好きがチンポ好きという自説の根拠です。

まぁ、なぜ人はふたなりが好きなのかって話はここらで切り上げて、次へ行きましょう。

 

次に男の娘好きについても論じていきます。

男の娘好きは、男が好きなわけではない。雌が好きなんだ、ということです。男の娘好きは女、もとい雌が好きなんですが、普通の女の子では物足りない、そんな人たちです。男の娘作品を多く閲覧している歴戦の勇者であるならばお気づきかもしれませんが、殆どの作品でチンチンにはノータッチ、またソフトタッチです、主にアナル攻め、乳首攻めが作品の肝となっています。

これはどういうことかと言うと、雄の象徴であるチンポなんて俺たちゃ興味ねーぜ、このかわいい子が穴を穿られて雌堕ちするのが溜まんねーんだ、ってわけです。

考えてもみてください、女が雌になるのなんて当たり前でしょ?男が雌になるからいいんでしょ?我々は雌を求めてる、雌になりえないはずの存在が雌に堕ちるのを渇望してやまない。だから男の娘のチンポは巨根として描かれることはまずありえません。飾りみたいなもんです。

 

乱雑な文で恐縮ですが、まとめると

ふたなり好きは女の子の中にある男性的なもの(チンポ扱かれて感じる描写)が好きです。

男の娘好きは男の子の中にある女性的なもの(アナル攻められて感じる描写)が好きです。

これらを踏まえると、ふたなり好きの求めているもののほうがよっぽど男寄りなんですね。私からは以上です。殺害予告は受け付けてないです、申し訳ない